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大阪高等裁判所 平成7年(う)712号 判決 1996年3月12日

本籍

熊本市万町一丁目一三番地

住居

大阪府交野市私部六丁目二一番三号

会社役員

林田正幸

昭和一七年一月七日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成七年六月三〇日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、検察官から控訴の申立てがあったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 山田廸弘 出席

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役一〇月及び罰金三〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金三万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官佐々木茂夫作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人田宮敏元作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、原判決は、公訴事実と同一の事実を認定しながら、検察官の懲役一〇月及び罰金五〇〇万円の求刑に対し、「被告人を懲役一〇月に処する。この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。」との判決を言い渡したが、右判決は、罰金刑を併科しなかった点において、本件の諸般の情状に照らし、刑の量定が著しく軽きに失し不当である、というのである。

そこで、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を併せ検討するに、本件は、税理士である被告人が、顧問先である大和電装株式会社の代表取締役田中章司(会社とともに原審相被告人)と共謀のうえ、同社の平成二年八月期から同四年八月期までの三事業年度について、仕入れを架空計上するなどの行為により合計九三八三万円余の法人税を免れたという事案であり、ほ脱額が多額であるうえ、ほ脱率も平均約八九・四パーセントと高率である。ところで、被告人が本件のような脱税に関与するようになったについては、以前から取引先の名を借りて水増し仕入れ等を計上して裏金を作っていた右田中より、昭和六三年五月ころ更に架空仕入れ等によって裏金を作るよう依頼されたことにあり、その後も架空仕入れの計上額等について同人から一々指示されていた事情もうかがえるので、被告人は、本件犯行において、田中に比較して従属的な立場ということができる。しかしながら、反面、被告人は、納税義務の適正な実現を図ることを使命とする税理士という立場にありながら、架空計上分の一五パーセントという高額の報酬約束に引かれて犯行に加担するようになったものであり、犯行動機において特に斟酌すべき事情は認められない。のみならず、被告人は、その後、自己の顧問先や架空の企業名を使って勝手に納品書、請求書、領収書等の書類を作成し、架空仕入れ分の小切手を自己が開設した第三者名義の銀行口座で取り立てるなど所得秘匿のための工作に積極的に関わっており、その手段は巧妙かつ悪質である。この点に関し被告人は、当審になって、名義を使った者の了承を得たかのように供述するが、原審までの供述等に照らし、少なくとも、本件のような方法で脱税することに協力することまでの同意を得たとは認めがたい。更に、被告人は、平成三年六月に大和電装が税務調査を受け、架空仕入れの一部が発覚したにもかかわらず、田中の依頼により他の方法によって更に不正行為を続けていたもので、この点も看過することができない。被告人は、本件三期分だけで、田中から合計約三五九〇万円(他の分も含めると約四五八三万円)という多額の脱税操作の報酬を受け取っており、税理士としての社会的信用も失墜させている。以上本件犯行の罪質、動機、態様、脱税の規模、被告人の犯行における役割、犯行によって得た不正利益等の諸事情に徴すると、犯情は芳しくなく、被告人の刑責は相当に重いといわなければならない。

一方、本件について被告人のため有利に斟酌すべき事情としては、被告人が前記のとおり田中に比べれば従属的な立場で犯行に関与したこと、被告人に前科がないこと、起訴後税理士業務を廃業し、一応の社会的制裁を受けていることなどの諸事情が認められるほか、原判決も「量刑の理由」の項で認定しているように、本件によって被告人が得た利益が現在手元に残っていないことが挙げられる。ただ、右の最後の点については、弁護人は、答弁書等において、被告人は、本件発覚後、<1>田中に対し、課税金額の三〇パーセントの負担の約束により、国税、地方税合計三一八〇万円を支払い、<2>他に迷惑をかけた先に対する損害賠償金や手数料として合計二九一〇万円を支払い、更に、<3>被告人自らの所得申告につき、前記不正所得による修正申告分として、国税、地方税合計六八三六万円を納付し、以上総計一億二九二六万円余にのぼる支出を余儀なくされたと主張するところ、右<1>の金員については、一五〇〇万円しか受け取っていないと述べている田中の供述とくい違っているが、その点はともかくとしても、<2>は、自己が他の者の名義を無断で使用する等して迷惑をかけた以上損害賠償金等を支払うのは当然であり、<3>も、自己が当然に納付すべきものを支払ったに過ぎないのであって、右<2>及び<3>の金員は、本件の情状としてさほど斟酌すべきであるとはいえない。

以上、被告人が税理士という立場にありながら、自己の財産的利益を図る目的で多額の悪質な脱税犯罪に関与したこと及び罰金刑を併科し得る旨規定している法人税法の趣旨にかんがみれば、刑罰としての実効性を確保するためには、特に被告人に対し懲役刑の執行を猶予する以上、たとえ現在その不正利益が残っていないとしても、罰金刑を併科して十分な財産的制裁を与える必要があると認められる。なお、弁護人は、原審相被告人である前記田中に対しては、懲役刑の執行が猶予されたのに罰金刑の併科がなされていないから、同人との刑の権衡を考慮すべきであると主張するが、同人が代表者である大和電装は、原審相被告人として罰金二二〇〇万円に処せられ、同判決が確定したことにより現実にその罰金額を納付したことが認められ、右田中が実質的に財産的負担を負ったということができるから、被告人に罰金刑に併科したからといって、刑の権衡を失するものではない。原判決は、被告人に対し罰金刑を併科しなかった点において、刑が軽きに失し、破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条ただし書に従い更に判決することとし、原判決の認定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示各所為は、いずれも平成七年法律第九一号附則二条一項により同法による改正前の刑法六五条一項、六〇条、法人税法一五九条一項に該当するところ、所定刑中いずれも懲役と罰金とを併科することとし、以上は同刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一〇月及び罰金三〇〇万円に処することとし、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金三万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青野平 裁判官 清田賢 裁判官 的場純男)

平成七年(う)第七一二号

控訴趣意書

法人税法違反 林田正幸

右被告人に対する頭書被告事件につき、平成七年六月三〇日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、検察官から申し立てた控訴の理由は、左記のとおりである。

平成七年一一月二二日

大阪地方検察庁

検察官 検事 佐々木茂夫

大阪高等裁判所第五刑事部 殿

第一 控訴申立ての趣旨

原判決は、犯罪事実として

「大和電装株式会社は、大阪府交野市寺二丁目三番一六号に本店を置き、塗装業等を営むもの、田中章司は、同会社の代表取締役としてその業務全般を統括しているもの、被告人は、税理士として、同会社の税務書類の作成、税務申告等の業務に従事していたものであるが、田中章司及び被告人は共謀の上、同会社の業務に関し、その法人税を免れようと企て、

第一 平成元年九月一日から平成二年八月三一日までの事業年度における同会社の実際の所得金額が、一四九、八五八、七七九円で、これに対する法人税額が五八、九三七、二〇〇円であるにもかかわらず、仕入を架空計上するなどの行為により、その所得の一部を秘匿した上、同年一〇月三一日、大阪府枚方市大垣内町二丁目九番九号所在の所轄枚方税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が一四、四三一、一二〇円で、これに対する法人税額が四、七八一、五〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、右事業年度の法人税額五四、一五五、七〇〇円を免れ

第二 平成二年九月一日から同三年八月三一日までの事業年度における同会社の実際の所得金額が七八、五六七、七三四円で、これに対する法人税額が二八、四四四、六〇〇円であるにもかかわらず、前同様の行為により、その所得の一部を秘匿した上、同年一〇月三一日、前記枚方税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が一〇、〇九二、一〇九円で、これに対する法人税額二、七六六、五〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、右事業年度の法人税二五、六七八、一〇〇円を免れ

第三 平成三年九月一日から同四年八月三一日までの事業年度における同会社の実際の所得金額が四九、五七八、五六一円で、これに対する法人税額が一七、五五六、六〇〇円であるにもかかわらず、前同様の行為により、その所得の一部を秘匿した上、同年一一月二日、前記枚方税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が一二、二五一、二四九円で、これに対する法人税額が三、五五九、〇〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、右事業年度の法人税額一三、九九七、六〇〇円を免れ

たものである。」

との公訴事実と同一の事実を認定しながら、検察官の懲役一〇月及び罰金五〇〇万円の求刑に対し、「被告人を懲役一〇月に処する。この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。」旨の判決を言渡したが、右判決は、罰金刑を併科しなかった点において、本件の諸般の情状に照らし、刑の量定が著しく軽きに失し不当であるから、到底破棄を免れないものと思料する。

以下、その理由を述べる。

第二 控訴申立ての理由

本件は、ほ脱額、ほ脱率、ほ脱の手段方法等において極めて悪質であるのみならず、被告人は税理士の立場を利用し、多額の報酬を目的として常習的に深く加担し本件犯行に及んだものであって、その動機に同情の余地はなく、原判決の量刑は到底承服できるものではない。

一 本件は、ほ脱の規模も多額で、ほ脱率も高率である上、ほ脱の手段方法も巧妙であり犯情悪質な事案である。

本件は、大阪府交野市に本店を置き、塗装業等を営む大和電装株式会社(以下、「大和電装」という。)の顧問税理士である被告人が、同会社の代表取締役田中章司(以下、「田中」という。)と共謀の上、同会社の業務に関し、平成二年八月期から同四年八月期までの三事業年度における法人税につき、仕入れを架空あるいは水増し計上するなどして合計九、三八三万一、四〇〇円の法人税を免れたものであって、ほ脱額は多額であり、ほ脱率も三事業年度平均で約八九・四パーセントと高率の事案である。

1 そこで、まず、被告人が本件犯行に加担するに至った経緯及びその概要をみると次のとおりである。

(一) 被告人は、昭和五六年八月期から大和電装の顧問税理士となり、同会社の決算書類の作成、税務申告等に関与するようになったものであるが、同会社の代表取締役の田中は、同六二年五月ころから同会社の取引先である株式会社クラカズ産業の代表取締役倉員紘一と相通じ、同会社からの塗料の仕入れを水増しして経費の過大計上を続けて裏金を作っていたところ、その後も大和電装の業績が伸びたことから更に裏金を作ろうとして、同六三年五月二〇日ころ、被告人にその旨協力を依頼した。右依頼を受けた被告人は、直ちに、架空計上分の一五パーセントを報酬として受け取る約束の下に、自己の顧問先である有限会社愛進商事(以下「愛進商事」という。)の名称を無断で使用して同会社から塗料を仕入れたことにする架空仕入れによる所得隠しに協力することにし、昭和六三年八月期から右不正操作を行うようになった。そしてその方法として、被告人は、愛進商事から預かっていた同会社の印や代表者印を使用して同会社名義の納品書、請求書、領収証を偽造して架空仕入れ分の小切手を田中から受け取り、自己が右愛進商事の代表者上甲裕章に無断で開設した朝銀大阪信用組合寝屋川支店等の上甲裕章名義の普通預金口座を利用して取り立てていた(被告人の検察官調書・記録《以下「記録」の表示は省略する。》七二丁の一一六〇表ないし一一六二表、田中の検察官調書・同丁の九五八表、裏)。

(二) 被告人は、平成元年二月ころ、田中から、自社処理している大和電装の排水処理につき、これを外部に委託したことにして年間約四〇〇万円の架空経費を計上したいのでその旨の領収証を整えてもらいたい旨の依頼を受けるや、これも直ちに、計上分の一五パーセントの報酬で引受けた。そこで、被告人は、自らの顧問先である愛進美建(以下「愛進美建」という。)の名称を使用して雑費を架空計上することとし、その発覚を困難にするため愛進美建と大和電装との間の各年の産業廃棄物処理契約書を偽造したが、右発覚を更に困難にするため、昭和六〇年分にまでさかのぼって同契約書を偽造した。そして、被告人は、愛進美建、代表者仲谷進名義の領収証を偽造した上、田中から架空計上分の小切手を受け取り、これを自己が右仲谷に無断で開設した大阪市信用金庫住道支店の仲谷進名義の普通預金口座で取り立てるなどしていた(被告人の検察官調書・七二丁の一一六一裏ないし一一六二表、田中の検察官調書・同丁の九五九表、裏)。

(三) 被告人は、平成元年四月二〇日ころ、田中から、大和電装の利益が上がっているので毎月二〇〇万円くらいの裏金を増やしたい旨の相談を受けるやこれについても前同様に一五パーセントの報酬を受け取る約束をしてこれを了承し、被告人が考え出した架空の同和電装(以下「同和電装」という。)及び八幡塗装(以下「八幡塗装」という。)の各名称で、塗装工事の外注を仮装して外注加工費を架空計上することとした。そこで被告人は、田中の指示する架空計上額に従って右架空の取引先名義の納品書、請求書を偽造した上、同人から架空計上分の小切手を受け取り、同和電装分については自己が開設した住友銀行枚方支店の大野勝清名義等の普通預金口座で、八幡塗装分については自己が開設した第一勧業銀行枚方支店の西村晴義名義等の普通預金口座で取り立てていた(被告人の検察官調書・七二丁の一一六五表、裏、田中の検察官調書・同丁の九六二裏、九六四表、査察官調書・同丁の三三五、四七一、五六六の各表)。

2 次に本件各期における被告人の加担状況をみると次のとおりである。

(一) 平成二年八月期

平成二年八月期においても、引き続き被告人は、前記の手段方法により、愛進商事からの三、六〇〇万円の架空仕入れを計上した上、前同様に右架空計上分の金員を取り立て、次いで、愛進美建の仲谷進名義を用いて四〇〇万円の架空雑費を計上した上、現金決済がなされたように処理し、さらに、同和電装の名称で三、七九八万三、九五五円、八幡電装の名称で三、五九四万九、〇二五円の前記同様の各架空外注加工費を計上し、それぞれ前同様右架空分の金員を取り立てていたものである(被告人の検察官調書・七二丁の一一六一表、裏、一一六三表ないし一一六五裏、査察官調査書・同丁の六五三、六五八、六五九各表、田中の検察官調書・同丁の九五八裏、九五九表、九六〇表ないし九六二裏、九六四表、査察官調査書・同丁の二三四ないし二三九各表、査察官調査書・同丁の三三五、四七一、五六六各表)。

また、被告人は、平成二年五月二〇日ころ、田中から前同様報酬一五パーセントの約束で、運賃の名目で約四五〇万円の架空経費の計上を依頼されるや、自己の顧問先の伝票によって知った大阪物流株式会社(以下、「大阪物流」という。)名義を用いて架空の運賃を計上することを引き受け、同会社が、大和電装の依頼による運送を引き受けた旨の大阪物流名義の請求書や領収証を偽造した上、四五〇万円の架空運賃を計上した(被告人の検察官調書・七二丁の一一六六裏、田中の検察官調書・同丁の九六四裏ないし九六六裏、査察官調査書・同丁の六一九、六二一の各表)。

(二) 平成三年八月期

被告人は、前同様の方法により、平成三年八月期においても、愛進商事の名称による二、四〇〇万円の架空仕入れ、愛進美建の名称による四〇〇万円の架空雑費、同和電装の名称による二、八五八万八六〇円、八幡塗装の名称による二、三三六万四、〇八〇円の各架空外注加工費、大阪物流の名称による四五〇万円の架空運賃を各計上した。ところが、平成三年六月に枚方税務署から昭和六三年八月期ないし平成二年八月期までを調査対象とする税務調査を受け、その結果、愛進商事についての架空仕入れ、同和電装及び八幡塗装についての架空外注加工費の各計上事実が発覚し、大和電装の昭和六三年八月期ないし平成二年八月期までの修正申告と、既に同三年八月期に計上済みの架空計上分の受け戻しを指示された。そのため、大和電装では右架空経費を代表取締役である田中に対する貸付金として処理せざるを得なくなったが、田中は、右処理方法では多額に納税しなければならなくなる上、大和電装は田中の個人保証で銀行から融資を受けていたので、右処理方法により田中に対する貸付金が多額になると、銀行に対する体面上都合が悪いので、田中は、被告人に対し、自己の所得を押さえるとともに大和電装からの田中に対する貸付金処理を減らすように決算操作を依頼した(被告人の検察官調書・七二丁の一一七七表、裏、田中の検察官調書・同丁の一〇一三裏ないし一〇一五裏)。

そこで、被告人は、田中と共に、大和電装の取引先である小西土木の領収証を偽造して二、三〇〇万円の架空修繕費や一〇〇万円の架空雑費を計上した上(査察官調査書・七二丁の五九三、五九四、七三五、七三六各表)、一、三四一万六、八〇〇円の架空仕入れ(査察官調査書・七二丁の二九三ないし二九五各表)、一、八五三万円の架空販売促進費(査察官調査書・七二丁の七一八、七一九各表)、二、二五五万九、二五六円の架空機械装置費及び四二万九、八六五円の架空減価償却費を計上する決算操作をした(査察官調査書・七二丁の五七七表)ところ、赤字決算となったため、銀行に対する体面を心配した田中から、所得を一、〇〇〇万円以上にするよう依頼された被告人は、一、四四六万八、三二一円の期末棚卸高を水増し計上した(被告人の検察官調書・七二丁の一一七七表ないし一一八八表、田中の検察官調書・同丁の一〇一三裏ないし一〇一五裏、一〇四二表ないし一〇五一表、査察官調査書・同丁の一二〇ないし一二二各表)。

(三) 平成四年八月期

被告人は、前年八月期に水増しした期末棚卸高をそのまま平成四年八月期の期首棚卸高に計上し、更には架空に計上していた機械装置についての減価償却費五〇〇万二、三七二円を架空計上した(被告人の検察官調書・七二丁の一二一四表ないし一二一六裏、田中の検察官調書・同丁の一〇〇七裏ないし一〇〇九裏、一〇一四表、査察官調査書・同丁の一二〇ないし一二二、五七七各表)。

このように、本件脱税は、その額においては三期合計で約九、三八一万円と多額にのぼり、また、ほ脱率も三期平均で約八九・四パーセントと極めて高率である上、その手段方法も極めて巧妙悪質である。

すなわち、被告人は、田中から裏金工作を依頼されるや、税理士としてあくまでもこれを拒否し正しい申告を指導すべき立場にあるにもかかわらず、架空計上分の一五パーセントの報酬欲しさの私利私欲目的から直ちにこれを引き受けた上、前記のとおり、契約書等を偽造して周到な不正発覚防止措置を講じて不正操作に及ぶとともに、無断で開設した第三者の預金口座を利用して裏金を取り立てるなどしたものであって本件不正操作の態様は誠に巧妙であり、その犯情は悪質の一語につきるというべきである。

二 被告人は、税理士の立場を利用し、常習的に深く本件に加担したものであって、被告人が本件犯行において果たした役割は極めて重大である。

被告人は、昭和三九年三月、関西大学商学部を卒業し、銀行、町役場、税理士事務所の勤務を経て、同五〇年一二月税理士試験に合格した後、昭和五二年に税理士事務所を開設し、同五六年八月期から、大和電装の顧問税理士として関与するようになったもので、犯行当時、同会社から、顧問料月額三万五、〇〇〇円、決算料一五万円の報酬を得ていた(被告人の検察官調書・七二丁の一一五七表、裏、田中の検察官調書・同丁の九五八表)。

被告人は、前記のとおり、昭和六三年五月二〇日ころ、田中から大和電装の裏金を作りたい旨依頼されてこれを了承し架空の仕入れを計上するようになったのを始めとして、田中に脱税工作を持ちかけられるや、多額の報酬欲しさに次々と加担したのである。

被告人の本件脱税への加担の程度につき、これを架空計上した所得の割合についてみると、被告人が加担しなかったのは株式会社クラカズ産業からの架空仕入れ分のみであって、被告人は本件の三期合計の経費等増加額約三億九、〇〇〇万円のうち、その約六四パーセントを占める約二億五、〇〇〇万円について、その操作に加担しているのである。そして、加担した本件脱税工作に当たっては、被告人は前記のとおり、自己の顧問先の名称を無断使用して契約書等を偽造したり、預金口座を開設するなど私文書偽造罪等の犯罪行為を犯してまでも本件脱税工作に加担しているのであり、しかもその加担は常習的に行われているのである。すなわち、被告人の大和電装の脱税への加担は、本件起訴にかかる三事業年度分にとどまらず、前記のとおり、昭和六三年八月期から行われており、この点だけをとらえても常習性は顕著であるが、さらに被告人は、右脱税と並行して、自己が顧問税理士等として関与していた「株式会社はじめ住宅」、「株式会社塗本金型製作所」、「栄光住宅建設株式会社」、「有限会社新和商会」、「三洋ハウジング株式会社」、「株式会社ウエマツテック」等の脱税工作にも大和電装の場合と同様に長期間にわたり深く関与し、架空計上分の五パーセントないし一〇パーセントの報酬を得ていたもので(被告人の検察官調書・七二丁の一二三〇裏、この点については控訴審において補充立証する。)、常習性は顕著と言わざるを得ない。

このように、被告人は税理士でありながら、その立場を利用し、しかも、常習的に本件に加担したのみならず、被告人は、前記のとおり、平成三年六月に枚方税務署の調査が実施されて不正操作の一部が発覚し、同税務署から是正措置を指示されたにもかかわらず、発覚しない部分については更に調査が及ぶことはないとの盲点をついて、こともあろうに前記のとおり複雑巧妙な不正行為に及ぶとともに、次期の同四年八月期についても依然として不正行為を継続していたものである。税理士として専門的知識を有する被告人抜きに本件の如き多岐にわたる大掛かりな脱税工作は到底不可能であったことを思えば、被告人は正に脱税指南役、脱税請負人と言っても過言ではなく、被告人の責任は誠に重大といわざるを得ない。

ところで、税理士法は、その第一条において、税理士の使命につき、「税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法律に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする。」旨規定している。税理士がこのような使命を有する専門家であるからこそ一般納税者は、税理士に信頼を寄せ、税務書類の作成、納税申告等を依頼するのであり、税理士による脱税事犯は、税理士以外の者による脱税事犯以上に著しく納税義務者一般の納税意欲を阻害し、「正直に納税した者が馬鹿を見る。」との意識を社会にまん延させ、国民の租税倫理を荒廃させる危険性が強く、ひいては、申告納税制度の根幹を脅かすこととなるのである。

ただし、納税義務者一般に共通の心理として、租税負担を少しでも軽減させたいと願う面があることは否定できず、納税義務者は脱税の誘惑にはもろく、脱税事犯は納税者の多くが陥りやすい性質の犯罪であるところ、それでも納税義務者の場合には、脱税の機会自体が限定されているのに対し、納税申告等の脱税事務をその業としている税理士の場合には、第三者の税務申告等に関与して脱税工作を行うことにより高額の報酬を取得できることから、租税負担を少しでも軽減したいと願うのが納税義務者に共通の心理である限り、悪質税理士はこれを巧みに利用しさえすれば、脱税工作の依頼者にはこと欠かず、多数の者の納税申告等に関与し得る機会があって、常習化の危険性を必然的に伴っているからである。

このことは現に、被告人が、本件大和電装のみならず、前記のとおり多数の関与先等の脱税工作に加担していたことからも明らかである。

このように、被告人は、公正な申告を指導すべき使命を有する税理士でありながら、その立場を利用し、しかも、常習的に本件に加担したもので、その犯情は極めて悪質である。

三 被告人は、私利私欲から多額の報酬を目的として本件犯行に加担したものであって、動機において同情の余地はない。

被告人は、前記のとおり、大和電装の田中から脱税工作を依頼されるや、架空計上分の一五パーセントという多額の報酬を得る約束のもとに、次々とこれを引き受けたものである。

この点について被告人は、検察官に対し、「昭和六三年ころのことですが、田中社長から、架空原価の計上に協力すれば計上分の一五パーセントを手数料として私がいただけるとの申し出がありました。当時の私の寝屋川の事務所には女性従業員が四名ほどおり、関与先は小さい法人で三〇件、その他個人の関与で年間収入が一、五〇〇万円から一、六〇〇万円ほどで、年間経費一、〇〇〇万円くらいかかり、もうけは年間で五~六〇〇万円くらいの小さな事務所でした。それで、事務所維持のためにも一五パーセントの手数料は魅力でした。」旨供述し(被告人の検察官調書・七二丁の一一五九表)、さらに「大和電装株式会社から月々受け取る顧問料は私の関与先の中でも一番の高額でしたし、田中社長からは情をかけてもらっていたので田中社長の申し出る断ることはできませんでした。」と供述している(被告人の検察官調書・七二丁の一一五九裏)。このように被告人は田中から本件脱税操作を引き受けるについて、田中から強制されたものでもなく、結局は、月々三万五、〇〇〇円の顧問料、決算料一五万円の報酬を逃したくないという金目当の動機によって本件犯行を敢行したのである。

ところで被告人が、田中から受け取った脱税操作の報酬は、合計約四、五八三万円もの多額に上り、本件三期分だけでも、約三、五九〇万円になる(被告人の検察官調書・七二丁の一二一三裏、田中の検察官調書・同丁の九六六表、裏、査察官調査書・同丁の七五四、七五五各表)ところ、本件三期分のほ脱税額合計は、前記のとおり、約九、三八三万円であるので、被告人はその三分の一以上の破格の報酬を受けているのである。

また、被告人は右一五パーセントの報酬について、田中との間では、名義を貸してくれる愛進商事等に被告人から一〇パーセント支払い、その余の五パーセントを被告人が受取る旨取り決めていたが(被告人の公判供述・二六丁の三表)、被告人は愛進商事等から名義使用の承諾を受けておらず、一五パーセントの報酬のすべては田中に秘して自己が受取っていたもので(被告人の公判供述・二六丁の五裏、田中の公判供述・二四丁の裏)あって、このことは被告人の利欲犯的な性向がいかに顕著であるかを物語る以外のなにものでもない。

このように被告人は、公正な立場で適正な納税義務の実現を図るべき使命を課せられた税理士でありながら、あえてこれを意に介せず専ら多額の報酬欲しさから本件犯行に加担したものであって、動機において全く同情の余地はない。

四 被告人に対しては、厳重処罰をもって臨むべきであり、懲役刑の執行を猶予することはさておき、少なくとも罰金刑を併科するのでなければ被告人に対する適正な科刑を実現することはできない。

脱税事犯は、ただ単に国家の財政的基盤を侵食する行為であるにとどまらず、担税力に応じて公平に納税義務を負うべき国民の租税負担の原則を乱し、ひいては、誠実に申告納税している他の納税義務者の犠牲のもとに不当に利得するものである上、納税義務者一般に対し、著しい不公平感を与え、その納税意欲を阻害する点において、申告納税制度の根幹を脅かす反社会的、反道徳的な犯罪である。そのため、納税義務者たる脱税者についても、その脱税行為の反社会性、反道徳性が厳しく非難され、ほ脱税額、ほ脱率、ほ脱の手段方法等において悪質な事犯と認められる場合には、懲役刑の執行も猶予されないのである。

これを本件についてみると、本件犯行に対しては、まず第一に、多額の報酬目的という私利私欲のために申告納税制度の租税秩序に対して積極的な妨害工作を行った点において、第二に、税理士の立場を利用した犯行で、著しく納税義務者一般の租税倫理を荒廃させ、申告納税制度の根幹を脅かす点において、第三に、税理士の立場で常習的に敢行された犯行であって、更に常習化の危険性を伴っており、国家の財政的基盤を脅かすおそれが強い点において、厳しい姿勢の臨むべきである。従って、被告人に対する科刑については、諸般の情状に照らし、懲役刑の執行を猶予するのが相当であると認められる場合においても、少なくとも罰金刑を併科し、適正な科刑を実現することが必要である。

そもそも、脱税事犯について、ほ脱税額に相当するまでの罰金刑を併科し得る規定(所得税法二三八条二項、法人税法一五九条二項)が置かれているのは、脱税者に対して懲役刑を科しただけでは刑罰としての感銘力が期待できない場合が少なくないことを踏まえ、罰金刑も併科して十分な財産的苦痛を与え、脱税行為が経済的に決して見合わないだけでなく、かえって、より一層の損失をもたらすものであることを脱税者に感得せしめるとともに、世間一般に対しても同様の自覚を促すためにほかならない。というのも申告納税制度の下では、納税義務者一般にとっても、脱税の誘惑には根強いものがあり、他の犯罪と比較すれば、脱税事犯は、納税義務者の多くが陥りやすい性質の犯罪であることから、特別予防、一般予防の観点からの刑事政策的配慮が特に必要とされ、また、脱税によりもたらされる利益は、時として莫大なものになり、ほしいままに巨額の利益をむさぼることが可能であることから、この経済的利欲犯の特質に着目しつつ、応報、特別予防、一般予防のいずれの観点からも刑罰としての実効性を確保するため、脱税事犯については、懲役刑を科するだけでなく、諸般の情状によっては罰金刑も併科して十分な財産的制裁を与えようとするのが法の趣旨である。とりわけ、懲役刑の執行が猶予された場合、脱税事犯ではこれによって巨額の利益を得ているという特殊な事情が存するだけに、刑罰としての痛ようを与えないものになってしまい、世間一般にも脱税事犯を安易に考える風潮を招きかねないおそれがある。そこで、刑罰としての苦痛、感銘力を確保し、応報、特別予防、一般予防の効果を挙げるため、納税義務者たる脱税者については、本税、延滞税、重加算税等の全額を納付した事案であっても罰金刑が併科されるのが通常である。

そこで、ふり返ってこれを本件についてみるに、本件脱税は、税理士である被告人が、専ら報酬を得ることのみを目的として行ったものであって、経済的利欲犯としての特質が強い上、本件は常習的に反復累行され、更に将来にわたっても再犯を犯す危険性を伴っている点において、悪質性は顕著であり、その悪質さは納税義務者である脱税者とは比ぶべきもないのである。かかる特質を十分に踏まえ、応報、特別予防、一般予防のいずれの観点からも刑罰としての実効性を確保するためには、本件被告人については、罰金刑を併科して十分な財産的制裁を加えるべきであって、納税義務者である脱税者の場合以上に罰金刑を併科する必要が強いと言うべきである。また、一般的に見ても、納税義務者である脱税者よりはるかに悪質な本件のごとき脱税を敢行した被告人に対し、懲役刑の執行を猶予しながら罰金刑を併科しないということになれば、被告人を納税義務者よりもはるかに寛大に取り扱う結果になり、何よりも納税義務者が本税、延滞税、重加算税等の全額を納付しても罰金刑を併科されていることと著しく科刑の均衡を失するのである。

以上の次第であって、被告人に対し、懲役刑の執行を猶予する以上は、少なくとも罰金刑を併科し、脱税が経済的にも決して見合わないだけでなく、かえって、より一層の損失をもたらすものであることを十分感得させることが必要であって、原判決の量刑は到底承服できるものではない。

五 罰金刑を併科しなかった原判決の量刑の誤りについて

原判決は、量刑の事情として、「本件は、塗装業を営む大和電装株式会社の代表取締役として業務全般を統括している田中章司と同会社の顧問税理士をしていた被告人が、共謀して、同会社の平成二年度から同四年度までの三事業年度で合計九三八三万一四〇〇円の法人税を逋脱した事案で、逋脱額が多額であり、逋脱率も三事業年度平均で約八九・四パーセントと高率の事案であり、逋脱の方法は、会社の所得に見合う税金を納めれば残りは裏金にしようとするもので、動機において特にしん酌すべきものはなく、また、虚偽の請求書を作成して架空あるいは水増しをした経費を計上するなどした所得秘匿の態様が巧妙悪質であることなどを考慮すると、被告人及び右田中両名の責任は重いと言うべきである。」旨判示しながら、他方において、「同会社において、現在までに本件逋脱に係る法人税本税、重加算税、延滞税すべての納付を終えていること、脱税再発防止のためのコンピューターによる会社業務改善システムを構築して実効に移している段階にあること、被告人及び右田中に前科がなく、本件事実を素直に認め真剣に反省していると認められること、同会社及び被告人及び右田中は、社会的制裁を十分に受けていることなど、被告人及び右田中、同会社のために考慮すべき事情が認められる。更には、被告人は、同会社からの顧問料が収入中に占める割合が大きいことから、従属的な立場で本件に関与していること、本件によって得た利益も、右田中の求めに応じて同会社の納税の一部に使用したり、損害賠償等に費消してしまい、手元に残っていないことなどの事情が認められる。」と判示して、検察官の罰金併科の求刑に対し、これを併科しなかったものであるが、これが誤りであることは以下のとおりである。

1 被告人には前科がなく、反省しており、社会的制裁を受けていること等考慮すべき事情が認められる上、被告人が従属的な立場で本件に関与したものであると判示した点について

まず、被告人に前科がないことは原判決がいうとおりであるが、被告人が反省しているという点については疑問なしとしない。

すなわち、被告人は、前記のとおり、長期間にわたり、大和電装の脱税に加担していたのみならず、これと並行して多数関与先の脱税にも加担していたものであって、もし被告人に税理士としての使命感があるのであれば、その間に翻意して公正な申告を指導するなどしていたはずである。しかるに被告人は右使命感を意に介しないばかりか、税務署の調査により不正操作の一部が発覚した後においてもなお不正操作を敢行していたのであって、このような状況に徴すると、被告人が本件を深く反省しているものとは容易に認め難いのである。

被告人は、本件捜査中の平成六年七月二七日、日本税理士連合会に税理士廃業届を提出して同業務を廃業し、現在は有限会社を設立して帳簿等の記載代行業を行っているのであるが(被告人の公判供述・二六丁の八裏、この点については控訴審において補充立証する。)、極めて悪質重大な脱税事犯を敢行して税理士の社会的信用を失墜させた被告人が本件について真剣に反省しているのであれば、再び同種犯行を繰り返さないためにも税理士業務と実質において類似している帳簿等の記載代行業を行うことは避けるのが常識的であると思われることからも、被告人が反省しているとの原判決の判示には多大の疑問を抱かざるを得ない。

また、被告人が社会的制裁を受けているとの点についても、これは被告人が現在税理士業務を廃業していることを指しているものと思料されるところ、本件のような悪質な脱税事犯を犯した被告人が税理士業務を廃業するのは当然であり、本件判決の確定により税理士資格を失うことになるのも、当然の結果であって、この点をとらえて罰金を併科しなかった理由の一つとした原判決は、明らかに罰金刑の趣旨を誤解したものと言わざるを得ない。

さらに、原判決は被告人が従属的な立場で本件に関与したものに過ぎないというのであるが、これは、被告人が納税義務者ではないという点に目を奪われた誤った見解であるばかりでなく、本件犯行は被告人が単に従属的に関与したものであると評価し得る事犯ではないのである。

確かに、本件納税義務者は大和電装で、同会社の代表取締役は田中であり、被告人は田中の依頼によって本件に加担することになったものの、被告人は本件犯行に積極的に加担した上、税理士としての専門的知識を駆使して極めて巧妙悪質な手段を用いて主体的、積極的に関与しているのであって、本件脱税は被告人抜きには到底敢行し得なかったことからすれば、被告人が従属的な立場で本件に関与したものであるという原判決の判示は到底承服できるものではない。

2 被告人は本件によって得た利益も、田中章司の求めに応じて会社の納税の一部に使用したり、損害賠償等にあてて費消し、手元に残っていない旨判示した点について

なるほど被告人は、大和電装の本件脱税にかかる重加算税等の支払いに際し、田中の要求により、同人から得た報酬の一部を同人に返還しているものの、その額につき、被告人は三、一八〇万円である旨原審公判において述べている(被告人の公判供述・七三丁の三七裏、被告人及び弁護人作成の報告書・七二丁の一三九〇表)のに対し、田中は、一、五〇〇万円しか返還してもらっていない旨述べており(田中の検察官調書・七二丁の九六六表、田中の公判供述・七三丁の六裏ないし七裏)、両者の供述が食い違っているのであるが、被告人が田中に返還した額が三、一八〇万円であるにしろ、一、五〇〇万円であるにしろ、不正な報酬は、当然返還すべきものであって、返還したからといって罰金刑を併科しない理由とはなり得るものではないのである。

なぜならば納税義務者である脱税者よりも悪質な被告人が利得を返還したからといって、懲役刑の執行を猶予されるばかりか罰金刑をも併科されないというのであれば、脱税が発覚しても儲けた利得さえ返還すればよいことになり、刑罰としての痛ようを全く感じさせないものとなってしまい、適正な科刑の実現は望むべくもないからである。

また、被告人は、前記のとおり、自己の顧問先等の名称等を無断で使用して請求書等を偽造していたところ、本件が発覚し、これら名称の被冒用者から損害賠償を請求され、平成五年五月ころから同年一〇月ころまでの間に、大阪物流ほか三名に対し損害賠償金等として、合計二、九六五万円を支払っているのであるが(被告人の検察官調書・七二丁の一二二九裏ないし一二三〇表、検察官作成の捜査報告書・同丁の八九四裏ないし八九五裏、被告人及び弁護人作成の報告書・同丁の一四五四表、被告人の公判供述・七三丁の三五表ないし三六表、四三表ないし四六裏)、違法な行為を行った者が損害賠償責任を果たすのは民事上当然であって、右損害賠償の結果、被告人の手元に報酬の利得が残らなかったとしても、そのことは本件脱税事犯の情状とは何ら関係のないことである。

そもそも、脱税事犯に課せられる罰金刑はその性質上、不正利益のはく奪を目的とするものではなく、その目的を達成するためには没収または追徴をもって対処しようとするのが現行法の建て前であり、没収、追徴と罰金刑とは自ずからその性質を異にするものである。この点につき、今日の裁判実務では、納税義務者である脱税者には、本税、延滞税、重加算税等を全額納付した事案でも懲役刑を科するだけでなく罰金刑を併科することが通例化しているところ、その趣旨は、懲役刑を科しただけでは刑罰としての実効性に欠ける場合に財産的苦痛も与え刑罰としての実効性を補完しようとするものである。

したがって、被告人についても、利得の多くを返還して重加算税の一部を負担したとか、損害賠償等の支払いにより利得が現存していないからと言って、このことから直ちに罰金刑を併科する必要がないとの結論が導き出されるものではなく、被告人の刑責の重大性に照らし、刑罰としての実効性が十分確保されていると言えるかどうかによって罰金刑を併科するか否かを判断しなければならないのである。

この観点から本件をみるに本件犯行は、申告納税制度の租税秩序を根底から脅かすほどの反社会性、反道徳性が認められる巧妙悪質な事案であり、動機、目的、果たした役割、利益額、常習性等の点において、被告人の犯情はとりわけ悪質であり、その刑責が重大であることにかんがみると、応報、特別予防、一般予防いずれの観点からしても、本件こそ、正しく、罰金刑を併科して科刑の適正を図るべき事案というべきである。

以上のとおり、原判決は罰金刑の趣旨を誤解した結果、誤った量刑をしたものであって、承服し難い。

六 原判決の量刑は同種事案に対する裁判の量刑と比較しても軽きに失する。

平成元年以降の税理士、公認会計士等による法人税、所得税等で本件と比較的類似した脱税事例で確定したものについて調査した結果は、別添量刑調査表のとおりである(この点については控訴審において立証する。)

番号1の被告人山崎昭、同2の被告人小澤清、同4の小野寺良雄、同5の関禮治については罰金刑が併科されていないが、いずれも懲役刑が実刑となっており、番号3の被告人野入俊英については懲役刑の執行が猶予されているのに罰金刑が併科されていないが、これは、多額の報酬を受け取った疑いはあるものの、具体的にいくらの報酬を受け取っているかについて証拠上不明な事案であって、本件のように被告人が受け取った報酬額が明確な事案とは事例を異にし、右事例と本件被告人の事案とを同様にとらえることはできない。

また、番号6の則岡信吾については脱税に関与した利得として三、〇六〇万円を受取り、その約半分である一、四〇〇万円を返還した事案について懲役刑は猶予されているものの、一、〇〇〇万円の罰金刑が併科されているのである。

これらの裁判例を見ても明らかなとおり、税理士等が脱税に加担した事案においては、容易に懲役刑の執行猶予が認められず、懲役刑の執行が猶予される場合においては、罰金刑が併科されていのであり、これら裁判例と比較しても、被告人に対し、罰金刑を併科しなかった原判決の量刑が著しく軽きに失することが明らかである。

第三 結び

以上のとおり、原判決の量刑は、被告人に対し、罰金刑を併科しなかった点において、量刑が著しく軽きに失し、不当であるから、速やかにこれを破棄し、更に適正な裁判を求めるため、本控訴に及んだ次第である。

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